法なき者、茶にあらず 法があってもまた、茶にあらず 〜無法者非茶 有灋亦非茶〜

「スキモノムスヒ」第一回


- 新しい“茶事”のはじまり

去年(2022年)、福岡市にある茶酒房「万 yorozu」の徳淵卓さん、藤田美術館の藤田清館長と、茶箱「掌」を作る企画をご一緒した時に、いつか博多で面白い“お茶事もどき”をしてみたいという話をしたことがきっかけになり、茶と酒を愉しむ小さな茶事「スキモノムスヒ」が生まれました。

スキモノ=数寄者、ムスヒ=産霊(むす・むすぶの語源。ものを生み出し、発展させる霊的な力を意味する、古事記にも登場する神道の概念)。ムスヒという言葉は徳淵さんのアイデアで、数寄者(スキシャ)ではなく敢えて「スキモノ」とするのはどうか、というのは藤田さんの案でした。明治の数寄者のような大それたものでなく、シンプルにもの、美術が好きな人たちが生まれたら良い、そうした人たちが自然と集まり、苔むすようにじっくりと、ものと人とのご縁を「むすぶ」会になっていけばという想いを込めています。

2023年3月、博多の万yorozuにて開催した第一回「スキモノムスヒ」。当日は、まずは店の1階で玉露を一煎、徳淵さんに呈茶していただき、続いて2階へ移動して酒と懐石を楽しんでいただいた後、茶席へご案内する、という「一煎、一献、一服」の流れで会は進行しました。以下は、イベント当日、参加者の皆様とご一緒しながら、道具や茶についてお話しした会話の記録です。

香煎席にて

寄付よりつき」(=茶事における待合の部屋)として、お客様には、まずは「万」の一階にお集まりいただきました。1900年の春海バカラ、ナンシーシリーズの金彩リキュールグラスにて、徳淵さんが丁寧に淹れられる八女星野村産の伝統本玉露、品評会用茶葉の一煎、一滴。心が静まる時間です。

- 煎茶と茶の湯

戸田 貴士 (以下 戸田):茶事の「寄付」では白湯でお客様を迎えますが、徳淵さんとのご縁もあり、新しい茶事のスタイルとして、まずは煎茶でお迎えすることにしました。今では煎茶と茶の湯の境界が隔たれていますが、明治の茶人は、煎茶も抹茶も両方を楽しんでいて、それは良いことだなと思っています。藤田傳三郎*1も煎茶を嗜んでいて、煎茶道具のコレクターでもあったんですよね。

藤田 清館長(以下 藤田):そうなんです。今、藤田美術館には煎茶道具が一つもないのが残念なのですが…。今も美術館にあるものだと、勾玉が明治時代の煎茶席の会記に出てきてましたね。

徳淵 卓(以下 徳淵):明治の茶人の益田鈍翁*2や住友春翠*3なども、煎茶と茶の湯を合わせた茶会をよく開催していて、茶会記も数多く残っていますね。令和の時代は茶の楽しみ方に工夫があってよいかと思い、私も色々と試行錯誤中です。一煎からはじまる「スキモノムスヒ」を定例にしたいなと思っています。

藤田:会のスタートに一煎は良いですよね!明治時代、大寄せ茶会をやる時のマストは煎茶席だったらしいです。傳三郎や子供達も、茶会をする時には煎茶席を必ず作っていたようです。

戸田:煎茶は幕末から普及したんですよね。中国への憧れを持った人たちが集まって、茶を通して思いを馳せるというロマンは、茶の湯の世界と同じだと思います。茶の湯でも唐物や高麗への憧れがありますし。形はちがえど心は一緒、というか。両方の「茶」の良さを楽しめたらいいと思っています。

*1: 藤田傳三郎(1841-1912):大阪の実業家。明治初期の混乱した時世に、廃仏毀釈や海外流出といった文化財の危機を憂い、絵画、仏像、陶磁器など幅広く蒐集。それらは現在では国宝や重要文化財に指定される世界有数のコレクションとなり、1954年から藤田美術館で一般公開されている。藤田傳三郎の茶道具コレクションは谷松屋戸田八代の戸田露吟が納めていることからも、藤田家とは明治時代から現在にかけて縁が続いている。
*2:益田孝(1848-1938)。三井物産設立とともに、三井財閥の最高経営者となった。後年、鈍翁(どんのう)と号し、数々の名品を集め、近代の代表的な茶人のひとりとして知られている。
*3:住友友純(1865-1926)。 住友家15代当主、茶人としてもよく知られ、多彩な美術品を収集した。

懐石にて

酒器や懐石道具などは九州と縁の深い唐津焼や朝鮮陶磁を中心にセレクトしてお持ちしました。今回は、博多の日本料理屋「只管」に出張していただき、酒肴を中心とした季節のお弁当と、椀、向付に一品盛っていただきました。椀には藤田家伝来の長寛作黒漆のものを、絵唐津と乾山の向付の2種類を「寄せ向」として用意しました。

当日は、唐津で作陶する若手作家の矢野直人さんもご参加いただきました。今回、懐石に使った絵唐津向付は、見込みに「福」という漢字が書かれていますが、他に類例のない、かなり珍しいものとのこと。作り手の目線から、また古唐津の熱心な研究家としての視点から興味深いフィードバックをいただけました。

- 「珍しい」絵唐津

矢野 直人(以下 矢野):「福」という漢字が描かれた絵唐津は初めて⾒ました。「風」やハングル文字が描かれたものは図録などで見たことがありますが。絵唐津は、草花や⿃などのモチーフを軽快に遊びの一環のように描いたものが多いですが、この向付はしっかり作られていて、気合が入っていますね。上手の製品として意識して作られていたのかなと思います。

戸田:「無いものです」と言ったら怒られますが(笑)、出来が良いということもあって、大切にされてきたのですね。湯木美術館には、「福」の字の黄瀬戸どら鉢がありますが、漢字の雰囲気も違います。唐津としてはやはり、珍しいですね。

矢野さん:激レアですね。初期伊万里だと福の字はよく見ますが。もしかすると中国の古染付を唐津焼で再現してほしいという特注品だったのかもしれませんね。

- 機能とデザイン

戸田:今日持ってきた鶏龍山片口は自分でも気に入っています。絵付け表現がアブストラクト的で、日本の焼き物の絵付けのルーツのようにも思えます。

矢野:唐津の絵のぐりぐり文なんかは、鶏龍山に影響されているように感じています。

徳淵:渦巻文様は日本の縄文時代からも使われていて、まじない的要素があるようですね。古代の人々には、電磁波など我々の目に見えないような自然現象の何かが⾒えていて、それが描かれたのではないかという説もあるとか。

戸田:日本の焼き物の原点でもある六古窯の壺にも、渦巻文ありますよね。普遍的な文様なのでしょうね。この鶏龍山片口は、高台近くに筆で縦に入れられた白化粧が、まるで蓮弁のようなデザインで気に⼊っています。

矢野:当時、重ね焼きする際に、口と⾼台がひっつかないようにする工夫として白化粧が塗られていましたが、これもその⼀例ですね。他に、高台周りを塗りつぶしたような例も⾒たことがあります。

戸田:なるほど。効率良く焼くための智恵でもあり、それがデザインとしても魅力があるというところがなんとも面白いです。

- 粉引のロマン

戸田:粉引の耳杯、皆様に人気ですね。近年は酒器ブームが到来しているようで、中でも「粉引」はある種のブランドだと思っています。酒を飲むと、シミが現れ、景⾊が変化するのが楽しいので、自分の手元に置いて人生と共に育てていくような醍醐味があって。人生を終える時には、いい味に仕上げて、次の世代に繋げたいというロマンがあります。

徳淵:中国の磁器にあるシンメトリーさに憧れながらも、少し歪みというか揺らぎがあるアシンメトリーさが、日本人が好きな感覚なのでしょうね。鑑賞陶器でなく、そこに「茶」があるというか。使ううちに出るシミを楽しむ感覚も、そうですよね。

矢野:古いものは良いですね。使いにくさもあったりするけれども、クラシックカーとか古い服も同じかもしれないですが、乗りこなす、使いこなす、みたいに「こなしていく」、自分のものにしていくという感覚が楽しいですよね。

茶席にて

懐石の後は、「万」の中三階にある茶室へ皆様をご案内し、徳淵さんのお点前により、薄茶を一服召し上がっていただきました。

- 「謎」こそが茶碗の魅力

戸田:今回は博多での開催ということもあり、茶道具も朝鮮陶磁や唐津を中心に選びました。一碗目には、 青井戸を用意しました。小ぶりながら迫力が凝縮している、赤星家伝来の茶碗です。二碗目の絵唐津は、図柄がかなり珍しいものです。三碗目は「谷松屋戸田ONLINE」にも掲載している瀬戸黒ですね。縦の箆目が特徴で、瀬戸黒らしい造形です。

徳淵:今回、陶芸作家の内村慎太郎さんが参加してくださっています。福岡県で作陶されている内村さんは、井戸茶碗など朝鮮陶磁の再現にとても長けていらっしゃいます。作品を拝見していて、名品を沢山見てこられたんだなということが分かります。今回の茶碗、いかがでしょうか?

内村慎太郎(以下 内村):こんなに小ぶりな青井戸は初めて拝見しました。かせている部分もあって、メリハリがあって良いですね。とても珍しいと思います。絵唐津も、半筒のものは、草花文よりもこうした抽象的な図柄が多いような気がします。何の模様なのでしょう…、笑っちゃうような文様ですよね。陶片では1、2点見たことがあるのですが、完品はないですね。ある意味、図柄は謎のままの方が、年中使えて良いのかもしれません。この瀬戸黒も、色が良いですね。何でこんなに小さく低い高台にしたんでしょうか?

戸田:それが謎なんです。瀬戸黒に関しては、ルーツが分からないのです。瀬戸黒の特徴としては、半筒または筒形で、高台は底を削って作られていますね。この低い高台と、引き出された独特の黒が、強烈な存在感を生み出していると思います。

- 始まりを祝した道具組

戸田:水指は瓢箪型の古備前で、室町から桃山時代にかけてのものです。伊部の土独特のイガイガした肌が魅力ですね。茶入は唐物、朱の中次という少し珍しいものです。茶杓は杉木普斎という、宗旦の弟子で、江戸の数寄者によるもの。とても無骨な茶杓で、三本組になっていますが、三つの面を使う能の演目の「三番叟」にちなんだ銘がつけられています。三番叟は新年など、何かの始まりに演じられる演目なので、今回スキモノムスヒ第一回ということで選びました。

内村:茶杓、刀のような造形でかっこいいですね。

徳淵:お茶もたっぷり掬えます。

戸田:やっぱり、これも結局「無いもの」なんですよね…(笑)

徳淵:主菓子については、今回「むすひ」というテーマにちなんで、太宰府の菓子司「藤丸」さんに作っていただきました。銘は“ひとひら”、桜の薯蕷練り切りです。仕上げに布で包んで、左右をぎゅっと結ぶことで形作られ、春らしく美しいお菓子に仕上がりました。

- 「無法者非茶 有灋亦非茶」

戸田:今回、床には平瀬露香筆の軸を持ってきました。大阪の千草屋という両替商の六代目で、藤田傳三郎と同じく、明治の数寄者の一人です。戸田家とも縁が深く、この軸も、代々大切に伝わってきました。谷松屋八代の露吟の号は、平瀬露香から与えられています。軸の内容は、「法なきもの茶にあらず、法があってもまた、茶にあらず」ということで、ルールがないと茶ではなく、ルールに囚われすぎても茶ではない、という内容が今回の会にぴったり合っているなと思い選びました。

藤田:この軸を見て、「法」という漢字を使い分けているのが気になって、漢字を調べてみたんです。一つ目の「法」は法律の法で、二つ目の難しい「灋」という「法」の旧字体の語源は、古代中国の神獣から来ているそうで、その空想上の生き物は、角に触れると有罪か無罪かが分かるというので「法」の象徴になったとか。それが面白いなと思いました。良いか悪いかという融通が効かないものではなくて、茶はその間にあって、守りすぎない「あそび」の部分が楽しいよね、ということを露香さんは言いたかったんじゃないかなと思います。なんとなくのルールはあるけど、ガチガチじゃなくても良いよね、という…僕、めっちゃ良い事言ってません?(笑)

戸田:そのコメント使わせてもらいます(笑)

徳淵:やはり「茶会=フォーマル」という認識は⼀般的に普及していますよね。マナーや立居振る舞い、ルールがないと亭主も客も収まりがつかない。でも、しっかり約束事は守りながらも、セミ・フォーマルというかスマートカジュアルというか、中間の「茶」があっても良いのではないかと思うんですよね。戸田さんも藤田さんも、守っていかないといけない立場ではあるけれども、フォーマルでありつつも遊ぶ、という茶のかたちを提案していこうとされていて、それは大切なことだなと思います。そうして「スキモノ」が増えていけば良いなと。「万」も、精一杯お手伝いさせていただきたいと思っています。

戸田:しっかりした道具を使って「遊ぶ」という楽しみを、このスキモノムスヒの会を通して提案していきたいですね。現代の方にも、そして次世代を担う方々にも、日本の焼き物を手で触れて感じ、少しでもその魅力と感動を一緒に分かち合えたら幸せだなと。

藤田:「お茶」の会ではないという良いバランスで、どこにも偏っていない、道具が好きな人が集まれる会になればいいと思います。楽しんだもの勝ちということで。

閑談ー茶事を終えて

茶席のあとは、参加者の皆様との距離感もぐっと縮まり、意見交換の時間も設けることができました。刺激を受ける質問や、勉強になるコメントを多数いただけました。

- 茶と現代アート

内村:今回の会には、陶工として参加させていただいて、数寄者の方や茶人の方など色々な方とお話しできたのが面白かったです。個⼈的な関心としては、茶と現代アートの垣根が近づいてきているのではないか、掛け軸だけでない、床の間に合うような現代アートがあるのか、などが気になっています。茶と同じでアートにおいても、制約があるからこそ挑戦する愉しみが成立すると思います。自分も、トライ&エラーを繰り返しながら悩みながらやっていますが、本格的にやる楽しみと、崩す楽しみを追求していきたいなと思いました。

戸田:自分が代替わりしてやっていきたいのは、洋の東西、新旧を問わない茶の形です。「ものの判断は好き嫌いでいいんだ」と当時の樂吉左衛門さん(現・樂直入さん)に言っていただいた言葉が心に残っていますが、最近は古美術だけではなく、先代では扱っていなかった近現代美術のコレクションも少しずつ始めています。6月には、東京のYOKOTA TOKYOという現代美術ギャラリーで現代アート作品を茶の文脈に見立てた小さな茶会を⾏う予定です。代表の横田聡さんとは同い年で、父同士も古い付き合いがあります。横田さんとは、作品一点に真に向かい合って「見る」という機会が現代では失われているのではないかと常々話しています。お互いに扱っている時代は違うけれども、利休の時代の茶の湯のコンセプトにもうー度立ち戻って考えてみようと話し合い、3年ほど構想を重ねました。最近は、本当に好きなものが広がりすぎていて困ってしまっていますが、常に勉強と思って、色々なことに挑戦していきたいと思っています。

- 伝統と革新

参加者K:文化は、時代とともに常にアップデートしていかなければならないところがあると思います。戸田さんはオンラインでの販売サイトを始められ、藤田さんは美術館を建て替えられたこともその一つかなと思います。お二⼈とも四⼗代で、先代たちが築いてきた歴史や伝統を、当代としてどのように引き継いでいかれたいか、お考えをお聞かせください。

戸田:コロナ禍でオンラインが普及し始めてきた頃から、直接店に来ることができない方や海外の方にも茶道具の魅力を伝えたいなと思い、戸田商店のECサイトを作ることを考え始めました。葛藤しましたが、僕たちの試みをしっかり受け⽌めてくださる新しいお客様との繋がりができたので始めて良かったと思います。特に、値段を公開することはとても難しい問題でしたが、戸田商店が付ける価格ということでしっかり責任を持っています。やるからにはちゃんと⾒せたいと思い、普段は公開していないお茶室で、カメラマンの田口葉子さんに、道具の写真を撮っていただきました。茶室の光で道具を見ているような感覚で、しっかりした世界観を伝えたいと思っています。

藤田:土をこねて焼いたものが高値で売買されるという古美術の世界って、一歩引いてみると、馬鹿げているというか一体何なんだろうと思いますよね。でも、それを楽しむ文化があって、その価値を残すためには、自分たちが楽しんでいる姿を⾒せるというのが大事だと思っています。戸田さんも僕も、そうやって楽しんでいる自分のおじいちゃんや先人の姿を見てきたので、自分たちも、子供か孫の世代が「楽しそうだったな」と思い出してもらえたら良いなと。自分たちが楽しむことで美術好きが生まれたら、と思います。

徳淵:今回「ムスヒ」という言葉のように、無から有が有み出されるのは、土から造形される焼き物はもちろんのこと、それが名品として継がれていく「価値」もまた無からつけられていくものですよね。無料で出てくるお茶がある一方で、抹茶のような茶がある。それは、価値がつけられているからですよね。最近はお茶の楽しみ方が増えているからこそ、こうした遊びをすることは大切です。茶の良さは、時代や道具の役割についてあれこれ考えることで、その時代の人たちと道具を通して話ができる事だと思います。ある意味での先祖供養ですね。

戸田:AIや技術は進んでいますが、人間は全く進化していないように感じます。便利になればなるほど、人間的な感覚が衰えていっているのではないか、次世代に感性豊かな人が育っていくのかと危惧しています。日本の文化教育にも問題があるように感じます。茶室に入る時、日本人でありながら外国人みたいな気持ちになってしまう。僕たちは古美術という日本文化を伝える仕事をしているので、僕たちが楽しんでいるところを見せていくしかないと思っています。このような会ができたのも、こうした想いから始まっているんです。この度は、ありがとうございました。


「スキモノムスヒ」第一回 会記